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不肖「信頼出来ない語り手」明智紫苑の我楽多ブログです。主にエッセイを投稿しますが、たまには小説や自作キャラクタードールの紹介記事なども載せます。《Copyright ©Shion Akechi / Akechi Shion》 ㊟当サイトに掲載している小説、エッセイ、画像などの無断転載を禁止します。

にくにしばられる

 食肉の話題ではない。ちょっと前にインターネット上で話題になっていた短編漫画『にくをはぐ』についての感想である。この漫画の主人公は、猟師の卵であるトランスジェンダー男性(いわゆるFtM)だが、物語が始まった時点では「女体」である。最終的には性別適合手術を受けて「男体」になるのだが、当人はその前はいわゆる「巨乳」だった。
 それで私は思った。
 胸を小さくする手術を受けたいシスジェンダー女性や、あえて豊胸手術を受けないトランス女性が主役の話だって、あってもおかしくない。そして、仮に『にくをはぐ』の主人公がシス女性だったとしても、あの大きな胸は物理的にも精神的にも「重荷」だったハズだ。
 フィクションの中では、胸の大きさが女同士のマウンティングの材料になる事態が描かれている事が多いが、実際の女社会ではむしろ、なきに等しい。なぜなら、女社会内部では「巨乳」自慢は大した価値がないからだ。女性の「巨乳」自慢とは、あくまでも「対男性」の問題である(もちろん、巨乳を好むレズビアンバイセクシュアルの女性の存在も想定出来るが、今の日本では「巨乳」は「女性」の象徴というよりはむしろ「異性愛男性の性欲」の象徴である)。主に男性向けコンテンツで描かれる「巨乳マウンティング」とは、男社会における「巨根マウンティング」を元にしたフィクションに過ぎない。少なくとも、女社会では「巨乳」の女性が胸の大きさだけで他の同性に対して優位に立つ事はほぼない。
 巨乳自慢をする女性は同性に軽蔑されるが、たとえ自慢をしなくても、ある種の憐れみの目で見られる。なぜなら、そのような肉体的な存在感が強過ぎる女性は、男性から「もの」として見られる事が多いからであり、「人間」として見られる事が実質的にない。だから、他の同性からは、かえって嫉妬の代わりに同情を買うのだ。
 十分標準体型であるか、それ以上に細身であっても、なおダイエットをしたがる/している女性がいるのは、自分にとっては「対象外」である男性たちから性的な目で見られるのが苦痛だからだろう。シスジェンダーの女でもそうなのだから、トランスジェンダーの男である『にくをはぐ』主人公が自らの大きな胸を捨てたがるのは、当然だろう。

 もちろん、女性(シスジェンダーだけではなく)のダイエットの理由はそれだけではない。好きな服を着たいから、というのが、おそらくは一番の理由だろう。そして、この「好きな服を着たい」というのは、たいていは女社会内部での体裁の問題であり、「対男性」という要素はむしろ少ないかもしれない。


【倖田來未 - キューティハニー】
 女性の「身体性」の象徴としての人選。この人、昔は「羊水発言」以外にも色々と暴言・失言があったようだけど、歌はうまいよね。